金襴緞子の帯締めて
今日は私の祖父母と先生の顔合わせの日だった。
妹は仕事を休めず、私と母を合わせた5人で懐石料理を食べることになっていた。
遠出が出来ない祖父のため、場所は祖父母の住む家のごく近所の料亭。
私たちは、車で一時間ほどかかるそのお店まで足を運んだ。
今日は風がとても強かった。
ゆらゆらと煽られる信号や街灯をいつくも通り過ぎ、目的地へ到着。
店は細い裏路地にひっそりと佇む、小料理屋という感じだった。
座敷に通されると、皆深々と頭を下げて挨拶した。
祖父は意外にも元気そうで、にこにこと笑っていた。
以前先生と母を会わせた際、先生の口数がとても少なかったので心配していたのだが、祖父母と先生の間で話はとても盛り上がっていた。
先生の若い見た目にしきりに関心したり、昔していた仕事の話をしたりと、話題には事欠かない。
嬉しそうに話す祖父を見て、元気なうちに先生に会わせるできて本当に良かった。
「こんなに素敵な人と結婚するのよ」と誇らしく思った。
父親がいない今の私にとって、家の男は祖父しかいない。
年を取っても、どんなに体が弱くなっても、孫の婚約者の前で大黒柱としての役目を果たす祖父の姿は生き生きとしていた。
こんなに楽しそうな祖父を見たのは初めてだったかもしれない。
胃を切除したこともある祖父は大変食が細く、また、食に対して保守的な所もある。
祖父が出された料理を食べられるか皆心配していたが、祖父はよく話し、よく食べ、よく飲んだ。
食べたことなど無いであろう雲丹のクリームソースにまで箸を付けていて驚いた。
顔合わせは終始和やかに、笑いのある楽しい席となり、予定通り終了した。
帰りの車の中で、私は先生に言った。
「こうやってじいちゃんが元気なうちにご飯を食べに行けるのは、もうこれで最後かも知れない」
全ては癌の進行次第なのだ。
最後が今日なのか、来月なのか、1年後なのか、私には分からない。
ただ少なくとも、時間はそれほど残されていないことは確かだ。
楽しそうに話す祖父の姿を思い出し、私はまた先生の前で泣いた。
祖父の命を、諦めきれないと。
諦めが必要なのは、祖父だけではない。
家族である私とて同じなのだ。
私の結婚をあんなに喜び、先生と楽しそうに話す祖父に、もっともっと幸せを運んであげたかった。
幸福な未来を、側で一緒に見ていたかった。
数日前、祖父が花嫁人形という童謡を口ずさんでいたと母から聞かされた。
きんらんどんすの 帯しめながら
花嫁御寮は なぜ泣くのだろ
文金島田に 髪結いながら
花嫁御寮は なぜ泣くのだろ
あねさんごっこの 花嫁人形は
赤い鹿の子の 振袖着てる
泣けば鹿の子の たもとがきれる
涙で鹿の子の 赤い紅にじむ
泣くに泣かれぬ 花嫁人形は
赤い鹿の子の 千代紙衣装
あーちゃんの結婚のことでも考えていたのと尋ねる母に、祖父は私の結婚が祖父にとって世代交代の意味を持つと話した。
娘2人が離婚し、義理の息子が家を支えてくれることが無かった祖父は、婿入りではなくても家に先生のようなしっかりした男がいてくれることで、ようやく自分の肩の荷が下りると感じているらしい。
母はこの話をしながら泣いていた。
先生との結婚は、私の人生において大きな選択であることは間違いない。
ただ、私の選んだ道が自分だけでなく、家族をこんなにも喜ばせ、安心させることができると思うと、また一つ、こと決断に自信を持てる気がした。
今日、祖父母は家に帰ってからも先生をベタ褒めだったらしい。
なんと素敵な人だろう。
誠実な人なのだろう。
本当に良かった、安心した。
何度もそう言って喜び合っていたようだ。
悲しい気持ちもあるが、今日はとても良い日だった。
また、このようなめでたい席が設けられればと思う。